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「オペラ座の怪人」に惑う『芸術家に必要なもの~閑話休題その5』 [オペラ座の怪人に惑う]

芸術家は信奉者をそばにおき、囲いたいもののよう。

例えば岡本太郎さんの養女、敏子さんはとにかく彼を信奉すること、篤い方。
キラキラした目で彼の描くもの、話すもの、全てを賛辞の眼差しで見つめ、
「あれだけ熱心に見つめられたら、誰だっていいこと言うよなあ。」とまで言われたとか。

また、過去の女性関係も把握し名前を覚えられない太郎氏の
「あのときのあの子、誰だっけ?」という電話にも
「○○でしょ?」と答えていたそう。

太郎氏は母である歌人・仏教文学者・小説家のかの子さんからは
まったく世話をしてもらった記憶がないと語っています。
岡本家は、漫画家である夫・一平氏、かの子氏、太郎氏、そして
彼女の信奉者兼恋人兼太郎氏の養育係の男性何人かという
はたから見えれば奇妙な共同生活。
太郎氏は幼いうちから母から恋人との葛藤などを
ありのまま聴かされていたとか。

さらに18歳から30歳まで芸術と恋の本場フランスで過ごし、
ソルボンヌで哲学を修めた太郎氏には、
人とは数歩違った視点で世の中を捉える土壌が育ったのでしょう。

「かの子 繚乱」という伝記の取材のために、足繁く通っていた
瀬戸内寂聴(当時は晴美)さんに、新しく自宅の設計をしていた太郎氏曰く
「君の住む部屋も用意したよ。六畳でいいかい?」。
売れっ子で自宅をも持つ瀬戸内さんは即座に断ったそうですが、
何年かたったあとでも「なぜあのときお断りになったの?」と
敏子さんから言われたとか。

もともとかの子氏のファンで、太郎氏の生い立ちをも含め深く理解し、
行状の全てを受け入れることができた敏子さん。
また元編集者でもあったため、太郎氏の撒き散らす言葉を丹念に集め、
著書という形になり世に送り出しました。

「太陽の塔」を始め、常に物議をかもしていた太郎氏と
共に戦い続けた敏子さんは、たとえ世界中を敵にまわしても、
決して後ろを見せることはなかったでしょう。
老齢になって太郎氏の病状が進んでも献身的に介護し、最後まで看取られ、
太郎氏の死後もその活動を精力的に続け、輝いておられます。

あなたの行動の全て、あなたの望むこと全てがわたしの喜び。
芸術家と信奉者の、まことに幸せな関係。

さて、芸術家・ファントムにとっても、信奉者は必要でした。
初めはおそらく、マダム・ジリー。
幼くして親を亡くしたクリスティーヌを知ってからは彼女が彼の讃美者に。

ラウルとの再会を果したときも、クリスティーヌのファントムへの信仰は
続いています。

Angel of Music!
Guide and guardian!
Grant to me your glory!
     
“Angel of Music”  Andrew Lloyd Webber 1986 

私を導き、守って欲しいと訴えるクリスティーヌ。
ファントムにとっては、信者であるのみならず、
自分の歌を飛翔させるための大切な翼。

その翼を羽ばたかせる姿が見たいと、オペラ座内に圧力をかけるファントム。
自分が望んでいることはクリスティーヌも望んでいると全く疑っていないのは、
劇場という箱庭に常に引き篭っているからでしょう。

カルロッタを無理やり舞台から降ろす細工をしたのは自分だとわかるように
姿を見せたのも、クリスティーヌが自分と同化していることへの
疑いのないしるし。
なんの躊躇いもなくブーケ・Bouquetを縄で束ね、死に至らしめたことも、
クリスティーヌがプリマに浮上したことへの祝いの花束という
演出だったのかもしれません。

ところがこのファントムが演出した非常事態において、恋に落ちる法則が発動、
クリスティーヌはラウルとの恋を確認します。
「恋に落ちる瞬間/オペラ座の怪人に惑う」

You'll guard me and you'll guide me.(to Raoul)

かつては自分に向けられていた言葉が、目の前で他に向けられる。
しかも自分が営々と育て上げた芸術品に酔わされた結果として。

You will curse the day you did not do,
All that the phantom asked of you!

“All I Ask of You (Reprise)”  Andrew Lloyd Webber 1986

 お前に私の音楽を与えてやった
 お前の歌に翼をつけてやった
 なのに お前はどう報いた?
 私を拒み あざむいて
 お前の歌を聞いて
 奴は恋に落ちることになったのだ

 ファントムが望んだことを拒んだこの日を
 お前たちはきっと呪うだろう

このあとは、ジェラルド・ファントムの色香なければ滑稽でさえある必死の行動。
一度離れた信者を引き戻すためのあくなきマッドアーティストの所業。
愛を知らぬまま育った者が、恋愛行動においてただ奪うことしかできないという
ドン・ファンの典型に陥ってしまいます。
また、ドン・ファンは赤もお好き。

All I Ask Of You.
「私があなたに望むこと」が「あなたが望むこと」とイコールでなくなる日。
芸術家とその信奉者という関係が、崩れたことを認めぬままの悲劇。

全てを受け止め、支えてくれる母の記憶無き二人の芸術家の、
この時点での明と暗。

☆岡本さんも幼い頃から赤がお好きでした。
いまよりいっそうドブネズミ色が溢れていた時代に
「男のくせに」と言われながら。☆


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コメント 2

こんばんは、ayakawaさん。
いつもコメント頂くばかりで申し訳なく、久しぶりに立ち寄らせて頂きました。
先日、「知るを楽しむ」岡本太郎の特集で敏子さんが出演されて。
あの情熱的な信奉ぶりがうらやましくさえありました。
信奉者としての立場の方ですが^^;少女のように語る瞳が印象的でした。

ファントムとの話との合せ方がお上手ですね。
岡本家のお話も詳しく博識ですね!勉強になりました。
by (2005-12-08 19:58) 

ayakawa

こんばんは。コメントいただき、ありがとうございます。
岡本太郎さんや敏子さんの本、毎日読んでおりまして、オペラ座の物語、敏子さんからヒントを得た部分も多いのです。ファントムにおけるマダム・ジリーという存在が、まさに岡本太郎氏にとっての敏子さんだと。奇しくも万博開催、オペラ座公開の今年お亡くなりになったのも、すべてを見終えてのことのようで、感慨深く思っております。
by ayakawa (2005-12-08 23:45) 

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