「オペラ座の怪人」に惑う『指輪とオルゴール・閑話休題その4』 [オペラ座の怪人に惑う]
幼い頃、いつも肌身離さず持っていたおもちゃの思い出はありませんか?
どんなに汚れてしまっても、大切にしたぬいぐるみ。
何度も親に言われても何故か捨てられない布や紙。
人にはガラクタにしか見えないコワレモノ。
ファントムが見世物にされていたときのシーンでも、
小さなシンバルを持っていると思しきぬいぐるみを大切にしています。
見世物小屋の見張り役の首を締め、閉じ込められていた檻から脱走したときも
唯一持ち出したのがこのぬいぐるみ。
学生のころ、針金ママと布ママの実験、という心理学の講義を
受けたことがあります。
親から引き離した赤ん坊のサルを、針金製の母親のぬいぐるみと
布製の母親のぬいぐるみのいる檻に入れたところ、
後者の方にばかり寄っていったとのこと。
針金ママからミルクが出るようにしても、食事の時以外は
近寄ろうとしなかったとか。
母親から見捨てられ、檻に入れられていた少年の、
ぬくもりの源だったぬいぐるみ。
ファントムと人々から恐れられるようになってからも、大切にしていたのは
オルゴールを内蔵したサルのおもちゃ。
きっとあのぬいぐるみをリフォームしたものだったのでしょう。
オルゴールの奏でる曲は「マスカレード・仮面舞踏会」。
クリスティーヌをラウルの元に返したあとに、一人鳴らし、
ともにつぶやき歌う声は胸がしめつけられるような寂しさ。
・・・
Masquerade
Paper faces on parade . . .
Masquerade
Hide your face so the world will never find you . . .
Christine, I love you....
「仮面舞踏会
紙の仮面達のパレード
マスカレード
顔を隠して
けっして 見つからないように 」
“Down Once More/Track Down This Murderer”
Andrew Lloyd Webber 1986
昼が夜の仮面を被るように、人々が自分と同じ姿になるマスカレード。
そこへクリスティーヌは一度戻ってきて、ファントムに指輪を握らせて去ります。
指輪はもともとラウルの贈ったもの。
婚約のしるしを指にはめようとはせず、鎖の先のペンダントトップにして
新年の仮面舞踏会に出ようとするクリスティーヌを、ラウルは咎めます。
贈った指輪を相手が指にしないのは、不安をかきたてるもの。
ラウルの言うように周囲に秘密にしておきたい関係なのか、
本人の決心が、実はまだついていないのか。
首にかけていたのは、ファントムへのメッセージにも見えます。
劇場内に脅威を与えていたファントムは、ついに殺人事件を
クリスティーヌの目の前で起こしてしまう。
檻から脱走するときと同じく、縄をつかったハンギング。
初めは生命を守るためにやむを得ずなった縄の使い手は、
人々の恐怖をあおり快感を得る殺人マニアへと。
ブーケを追い詰めるファントム、とても嬉しそう。
Bouquet's a tied tribute for Angel of Music?
“Keep your hand at the level of your eyes! ”
「目の高さに手を上げておきなさい!」
彼の性癖を知るマダム・ジリーのくり返す言葉。
クリスティーヌの首の鎖は、ハンギング・ロープを象徴しているかのよう。
あえて指輪を目立つ場所につけることで、どこかで見ているに違いない
パラノイアな師への、教え子からの愛を選択するというメッセージ。
鎖はあえなくファントムに引きちぎられ、指輪は奪われることになる。
離れようとしても、必ず引き戻してみせるという宣言。
地下に再びクリスティーヌを連れてきたとき、ファントムは奪った指輪を
彼女の指にはめるのではなく、手に握らせます。
ファントムは憎いホワイトナイトの贈った指輪をなぜ捨ててしまわなかったのか。
仮の衣装でも、後ろめたい闇の教えでもない、初めて得たあたたかい光。
ファントムにとって、クリスティーヌの胸に輝く指輪は
自分が大切にしていたオルゴールと同じものに見えたのかもしれません。
求めてやまなかったぬくもりを、つかの間でも与えてくれたおもちゃ。
全てを手放したファントムに、再び戻ってきた光の輪。
指にはめられることの少なかった指輪は、今度は
ファントムの脈打つ暖かさを添えたことでしょう。
ラストシーンで輝く指輪とオルゴール。
ふたつのかけがえのないおもちゃの、邂逅。
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