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「オペラ座の怪人」に惑う・『献身と魅力~閑話休題8』

ミランダ・リチャードソン、記憶にある顔だと思っていましたら、
「太陽の帝国」に出演していたんですね。
捕虜収容所で、主人公の少年の隣のベットにいた夫婦。
母と離れた少年の母性への希求と、大人になってゆく過程での
女性への憧れ、その両方の対象として印象的な演技をしていました。

マダム・ジリー役でも、ふとした仕草に女性の色香を感じます。
髪をかきあげる様子、
教え子がプリマとして立ってゆくのを見つめる姿、
娘をいたわる母性、毅然と己を通す自信。

アーティストでありながら、アーティストであるファントムに献身できるところも。
「ドン・ファンの勝利」でシャンデリアが落ちたあと
ラウルを地下に途中まで案内しつつ、隠れ家には姿を見せないのは、
ファントムが割った鏡の向うの通路で待っていたからかもしれません。

パンフレットにもあるのですが、部屋に溢れるラブレターの山も、
少女時代は固そうな彼女の官能を、ファントムが引き出したのではないかと。
秘密を持つと女は魅力的になるもの。

「私の声であなたの花が開き始める」
ファントムはまずマダム・ジリーを、次に教え子であるクリスティーヌの
花を開花させたのかも。
真に才能あると認められた場合、それが自分より圧倒的なものである場合、
嫉妬を超えて全身全霊を込めて献身できるものなのでしょうか。
マダム・ジリーにとってはそれがファントムであり、クリスティーヌでもある。
フィギュアスケートやマラソンの著名な指導者が、我が子を越えて才能ある者に
献身する例もあるように。

ファントムが異常な才能でマダム・ジリーを圧倒し、
また彼女なければ生きのびられなかった保護本能を誘発する存在であること、
そしてこの関係が、異性としての魅力を互いに引き出すことも。

またかの国には初めは本人が愛人として、後には自ら選んだ美女を娶わせ、
王に影響力を保ち続けたポンパドゥール夫人の例も。
酸いも甘いも噛み分けて。
ファントムの心が目の前で教え子に奪われてゆくのさえ、是とする心持ち。

ファントムの悲劇は、この関係をクリスティーヌにも当てはめようとしたこと。
始めは父として、友人として、師として接していた相手が、
ある日異性として立ち上がったとき、
少女は受け入れるか拒否するか。

多くの父親は娘に恋するもの。
嫁がせられる理由は、ただ血が繋がっているというあきらめ。
そうでなければ、誰がみも知らぬ自分と同性の相手に掌中の珠を
差し出せるものでしょうか。
クリスティーヌと血が繋がっていないのも、ファントムがあきらめきれぬ理由。

通常、互いを異性として意識するのは、ステディな存在として認め崇めあうこと。
ところが芸術家の場合、相手を囲い込みつつ、
一方で他の信奉者の存在を自分には許す。
そして相手には許さない。
芸術家と添うことは、自分以外の異性の気配を常に感じることになることも。
これをも是として惚れ込めるか、惚れさせるかが、幸不幸の分かれ道。

「ドン・ファンの勝利」で、ファントムはクリスティーヌに求めるあらゆることを示し、
自ら表現する。

クリスティーヌは師を手放す道を選択。
ブーケの犠牲は単なる言い訳のひとつ。
ただ、マダム・ジリーほどには惚れこめなかったということ。
ファントムの啓示する世界が、クリスティーヌを魅惑し切れなかったということ。
つまりはクリスティーヌの才能がファントムの才能と拮抗、
もしくは凌駕するものだったということもあるでしょう。

そしてまた、肉親に抱いたものと同じ愛情が異性のそれに昇華する情動に、
父親を崇める彼女は、どうしても禁忌を感じてしまったのかもしれません。

Make your choice!
甘いことを。
「選択」などと言われれば、第三の道を見つけたくなるのが全てを得たい女性。
「源氏物語」における光源氏が紫の上を育て、妻にしたときのように、
「選択」など許さない状況におかれていたら
また違った結果になったかもしれませんが。

苦く強いお酒は甘いと偽るか、カクテルにして飲ませるもの。
両方苦いと言われて飲めるのは、すでに毒がまわっている、
もしくは共に堕ちようと、覚悟を決めた者だけ。

こうして、ファントムは再びマダム・ジリーの庇護のもとに。
才能ではなく献身で勝負したラウルのように、全てを受けとめる信奉者。
ファントムを魅了し得なかった、自身の才能の限界をも、
溺れている自分の姿をも見つめる度量をもって。

これがおそらく80歳を越えてのあの美しさに繋がるのなら、
彼女のような生き方もあることを知るのも、また良きことかと。


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